完全にQiitaの使い方間違ってるけど、まあプログラマが集まる場所ならここよりもQiitaだ!w
2014/09/17
2014/09/11
Linkin Park - In The End | Ten Second Songs 20 Style Cover
Anthony Vincentさんって人なんだけど、いろいろなアーティスト風にある曲を唄うってことで話題w
僕が愛してやまないLinkinParkのIn The Endという曲でもやってて、本当に凄いと思ったw
まずはオリジナル↓
そしてこちらがAnthony Vincentさんの話題の動画↓
エンヤ→オフスプの流れで腹筋崩壊したw
そんで、最後の最後にこの動画にコメントしてる人こそ、LinkinParkのVo.チェスター・ベニントンだったり!
びっくりしたわー!
あと、ちょー売れたケイティー・ペリーのこの曲もやってて、こちらはSlipKnoT風に唄ってるところが個人的に必見w
↓
2014/08/18
麺つゆでカツ丼
どやw
カツ丼作ってみた!
食べたい物を作るのが一番ってか当たり前かw
トンカツ自体はお惣菜で買って、麺つゆ、水、玉ねぎ、トンカツを鍋にセットして煮て、最後に卵で閉じるだけ。
あと少しお砂糖入れた。
めっちゃ簡単なのに美味しかった!
2014/08/02
コンソメ投入の乱
諸事情で野菜が余ってしまったので、腐らせる前に積極的に使って行こうと、珍しく料理w
といっても、何でも良いから取りあえず野菜を切って、煮て、コンソメと塩と胡椒を入れたら、とてもご飯が進む(個人的に)美味しい野菜スープが出来たとさ!
コンソメ投入の乱の様子
今日の晩ご飯の乱の様子
剣道大会
気づけば久しぶりのブログw
いろいろおもむきってのが変わるもので、ブログで何か残すというものは、最近はさほどですなあ。
先日、とある事情で日本武道館で行われた全国少年剣道大会に行ってきました。
応援していた道場は、残念ながら3回戦で敗退したのだけども、初めて見る大舞台な剣道大会は圧巻の一言。
とても感動しましたわ〜。
2014/03/24
ゴーストライター
川村剛太「これでいいんだよな。」
荒垣武「ああ、お疲れ様。これでようやく、俺も、おまえもこの苦しみから解放されるな。」
〜数年前〜
川村「やあ、よく来てくれたね。」
荒垣「やあ、久振りだな。小学校以来か?35年ぶりだ。」
川村「そうだな、連絡とれてよかったよ。」
荒垣「お前今作曲家なんだってな。あのゲームの音楽もお前が作ったんだろう?なかなか良い出来じゃないか。で、話って言うのはなんだ?金か?」
川村「ああ、その話だが、金もそうだが少し違う。その作曲というのに関係あるんだ。」
荒垣「ほう、話してみろよ。」
川村「すまない。お前、小学校の頃からか自分で曲を作ったりしてただろう?今でもやってるのか?」
荒垣「ああ、家で趣味程度にやってるよ。お前に比べれば素人同然だけどな。」
川村「実はな、最近新しい曲を作ることが出来ないんだ。」
荒垣「ふむ…。」
川村「どうだろう、ゴーストライターとして俺の代わりに作曲して貰えないだろうか。も、もちろん金は弾む!6:4でお前の取り分が多くても構わん!た、頼む。俺はもうダメかもしれないんだ。」
荒垣「ダメかもしれない、と言うと?」
川村「最近、耳の調子がおかしいんだ。全く聴こえない訳ではない。しかし、だんだんと聴こえなくなってきているようなんだ。そう、音楽を作れば作るほど、その分聴こえなくなって行くような気がしてならないんだ。」
荒垣「…。」
川村「この先音楽を作ることが出来なくなって仕事も無くなり、生活に困り、愛する子供の声も聴こえなくなるかもと思うと、俺、もう、もう…!」
荒垣「…わかった。やらさせてもらうよ。」
川村「ほ、本当か!」
荒垣「ああ、お前にそこまで頼まれたら断れないよ。それに…。」
川村「それに?」
荒垣「自分の曲を聴いた人々がどう思ってくれるのか、気になるんだ。」
川村「そうか。そうしたら、詳細は改めて連絡するよ。本当にありがとう。」
荒垣「なあに、こっちも願ったり叶ったりさ。」
それからというもの、川村は「耳の聞こえない作曲家」として数々のヒット曲を飛ばし、裏では荒垣がゴーストライターとして活躍した。
〜数年後〜
荒垣「川村、こっちだ。」
川村「おう、次の曲の進捗どうですか。」
荒垣「あ、ああ。いい調子だよ。」
川村「それにしても話ってなんだ?」
荒垣「言いにくいことなんだが、もう辞めにしないか。この仕事。」
川村「なんだよ急に。」
荒垣「俺にとっては急ではない、俺、怖いんだ。お前に頼まれて初めに作った曲がヒット曲してからと言うもの、いつ世間にバレるかと、夢にまで出て来るんだ」
川村「そうか…。まあ、ここらで潮時なのかもな。」
荒垣「わかってくれるか?」
川村「いや、俺は別に気にしないんだが、お前のお陰でここまでやってこれたんだ。どうってことないさ。それに…。」
荒垣「それに?」
川村「お前のお陰でいい生活もさせて貰ってるしな。」
荒垣「すまない。」
川村「なあに、気にするな。それはそうと、最後くらい俺がケジメつけてこよう。こういうのはどうだ?居もしない雑誌記者が俺たちの事について気づくんだ。そして俺が記者会見をし…」
二人の仕組んだこの暴露劇は、数々のヒット曲を飛ばした耳の聞こえない作曲家川村の裏に、実はゴーストライターが居た事、そして表上は川村と荒垣が対立するという関係になった事は、センセーショナルなニュースとなって瞬く間に全国に広がった。
川村「これでいいんだよな。」
荒垣「ああ、お疲れ様。これでようやく、俺も、おまえもこの苦しみから解放されるな。」
とかなんとか言う妄想を電車の中で考えて、一気に小説風にしてみたけど、んなこたぁねぇよなw
2014/03/02
MavericksにしたらHomebrewのアプリが軒並み使えなくなったので
いろいろやっておいた
取りあえずXCodeとコマンドラインツールをアップデート。
さらに
/usr/local
/usr/local/bin
の権限とグループが755のwheelになっていたので
取りあえずXCodeとコマンドラインツールをアップデート。
さらに
/usr/local
/usr/local/bin
の権限とグループが755のwheelになっていたので
$ sudo chgrp staff /usr/local $ sudo chmod 775 /usr/local $ sudo chgrp staff /usr/local/bin $ sudo chmod 775 /usr/local/bin
後はbrew uninstallで一旦すべて削除して、brew installで入れ直し
でもなんか気持ち悪いというか、環境が汚れていくようでいやだ〜
2014/02/25
第七回新宿歌舞伎町ゴミ拾い
もう何度めの参加かは忘れたけど、新宿ゴミ拾い言ってきました。
4人で3時間くらいやった結果、7袋くらいかな。
ポイ捨てってレベルじゃないです。
まあ、明日にはまたポイ捨てされたゴミであふれてしまうんだろうし、個人的には別に社会貢献なんて狙ってやってるのではなく、ストレス発散だからあまり気にしないけど、こういうこと(ポイ捨てってレベルじゃねーぞ!とか)をネタに出来るだけ良しとしよう笑
2014/02/10
Fall Out Boy Japan Live Tour 2014@新木場StudioCoast
最近は一番好きなLinkin Parkよりも再生回数が多くて(これを書いてる仕事帰りの電車の中でも聴いてる)、一人音楽ねじれ国会みたくなっているFall Out Boyのライブに行ってきました!
今年は色々あってもうライブに行けないので、その分全身全霊をかけて楽しもうと心に決め、これまでのライブ人生で培ってきたスキルを駆使しまくり、開演からグイグイと最前線を目指し、最終的に前から3人目まで行き鑑賞!
もうね、パトリックが、ピートが、アンディが、ジョーが、目の前で演奏しまくりで、終始エキサイトしっぱなし。それはもうエキサイト翻訳も使わず何故か「I love cicago!!!」とか意味不明なこと言っちゃうくらい。
しかも俺シカゴ行ったことないし!
(FOBはシカゴ出身のロックバンド)
ジョーなんて常に手を伸ばせば届きそうな距離でギター弾いてたからね。
しかし本当にかっこよかった。
パトリックのちょっとたるんだ顎さえちょっとかっこよかったし。
残念ながら一番聞きたかったShe's My WinonaとThe (Shipped) Gold Standardは演ってくれなかったんだけど、何よりもマイケル・ジャクソンのBeat itのカバーがかっこよすぎた。そう、ちょっとたるんだ顎よりもね。
しかし、この日は大雪というかもう豪雪で、帰りの電車が最寄り駅の一つ手前で止まってしまい立ち往生。
しょうがないので嫁ちゃんを少しは暖かいマックで待たせ(家族を物理的に守るのも旦那の使命)、23時から3時間半、吹雪の中タクシー乗り場に並びました。
いやー、良い修行になった。
最後の方足が冷え切るとか言うレベルではなく、もうなんか痺れてた。たったままでも痺れてた。
最近、人生で最長の20kmも走ったりと、もうなんでも耐えられるとおもう。
でも、耐えられたのはそれだけじゃないんだ。
途中、大きな水筒?持った多分アメリカ(英語話してた)の二人組の女性が、暖かいお茶を配ってくれたり、ヤンキー風の兄ちゃんが暖かい飲み物とホッカイロを配ってくれたりして、それが無かったら本当に冗談抜きでダメだったかも。(しかもヤンキー風の兄ちゃんは何度も車で行き来して、沢山の人を無償で送ってた。ガソリンもただじゃ無いのに)
思ったのは、本当の防寒って「まず足から」というのと、本当の社会貢献ってなんなんだろうか?ということ。
社会の先に人が居るわけじゃない。
ということは、このお茶を配ってくれた二人組の女性だったり、見た目はヤンキーっぽいすげーかっこいい兄ちゃんがしてくれた事って…。
2014/01/28
ついにPUNKSPRING 2014でBad ReligionとMAN WITH A MISSIONが共演
PUNKSPRING 2014にMAN WITH A MISSIONの出演が決まったそうで。
まあ、今年は色々あるので行けないんだけど、ついに、Bad Relisionと同じステージに立つんですなあ。
まあ、今年は色々あるので行けないんだけど、ついに、Bad Relisionと同じステージに立つんですなあ。
2014/01/25
プログラマの作り方
会社にて打ち合わせをしているとき、「そういえばこれって個人情報的にどうなんでしょうね?」と、「個人情報保護士」の資格を持つ同僚に聞いた。
その方とは「個人情報保護士」の資格を取られる前から知っており、そして帰って来た答えには説得力があった。
そのとき初めて「あ、資格を取る前とは違って、専門家になったんだなあ」と、妙に関心してしまった。
2014年1月24日。
日付は既に変わってしまったが、ついに31歳になってしまった。
せっかく誕生日を迎えたので、今日は「専門家っていいな」という話も含めて、自分にまつわる事をぼやこうと思う。
最近、Scalaが本当に楽しい。
僕の職業はプログラマなのだが、幾数多のプログラマの例にもれず、初めはプログラムを
そんなことを、最近Scalaを初めてから振り返り、思えるようになってきたのだが、そういえばなぜプログラムを始めたのか、なぜ僕がプログラムをやっているのか、今まで振り返った事なかった。
当時17歳。
高校2年生の僕は、文系・理系・情報処理という3つの選択肢の内、迷わず情報処理コースを選んだ。迷わずの所に理由は特に無い。一つ理由を挙げるとすれば、パソコンを触れる授業があったくらいだ。
ただテレビゲームが好きな僕は、少し違うがそういったコンピューター関係に興味が有ったからと言えば、納得か。
初めて書いたプログラム言語はBASIC。”IF ~ THEN ~”という条件分岐を習い、なんとなく座標を指定して線や円を画面上に映すといった事を独自に調べて実行してみたりした。
(最近の高校生の情報処理授業ではJavaなんかをやっているのだろうか)
そして18歳。
家が貧乏で(と書けばただの言い訳なんだが)大学には受験をさせてもらえる機会さえなく、高校卒業後は途方に暮れていた。
とりあえず日雇いのアルバイトをして少ない給料をもらってはゲームばかり買い、とにかく何もしていなかった。
それでも人は少なからずどこかに向上心があるようで
日雇いではダメだ→
ゲーム好きなら、ゲームセンターの店員なら続くんじゃない?→
アルバイトリーダーに任命された!→
もっとお金を稼ぎたいな!→
友達が働いている包装資材(お魚を乗せるトレイ等)の問屋さんで働こう!→
月3000万円の商品を動かせるようになったぞ!
と、それなりに成長をしてきた。
しかし、地元の小さな小さな会社で働いていた僕は、「もし、このままここでずーっと働いていると、将来どうなるのだろうか?ただのつまらない男で終わってしまうのではないか?」と、伊坂幸太郎の「砂漠」よろしく、ただ漠然とした不安を抱えてた。
そんな時、ふと、真っ暗な画面に浮かび上がる白い文字で、”IF ~ THEN ~”という高校の時にほんのちょっとだけならったBASICの事を思い出した。
これだ。
「IF もしこのままだと THEN つまらない男のまま」というプログラムに、「ELSE」を追加したわけだ。
IF もしこのままだと
THEN つまらない男のまま
ELSE でも、ここで少し頑張って起動をずらせば?
これが、プログラマとしての一歩だ。
プログラムを書いた分けでもなく、システム会社に入社した訳でもない。
「そう思った時に既に始まっていた」と、僕個人は思っている。
プログラミングはおろか、業界がどんなものかさえ知らない。パソコンなんてろくに扱ったことのない僕、いや、むしろパソコンさえ持っていなかった僕は、携帯電話のi-modeで転職サイトを見ては、未経験からでも何か出来ることはないかと必死に、プログラムについての"何か"を探したと思う。
それでも当時、泉岳寺にあった小さな小さなSI業を営む会社を見つけた。
忘れもしない、2006年4月13日。
当時23歳。
「未経験者歓迎!3か月のプログラム研修!」という今思えば、ブラック企業のにおいがプンプンするようなこの文句に惹かれて入社。
(しかし、3カ月勉強しながら給料ももらえるのは、今思えばとてもありがたいことだと思う)
(やはりブラックな臭いが漂う会社だ)
初めの2~3日はビジネスマナー研修であったと思う。メールのBCCさえ分からない僕にとっては、すべての事が新しく新鮮だ。
そしてついに始まるプログラム研修。
public class HelloWorld {
public static void main(String[] args) {
System.out.println("Hello World");
}
}
これが、当時初めてみたプログラム。よくあるJavaのHello Worldだ。
こんな単純なプログラムさえまったく理解できなかったのが懐かしい。
「この}までちゃんと書かないといけないんですか?」と質問したことを鮮明に覚えている。
試しに、}を一つ削除してみた。
public class HelloWorld {
public static void main(String[] args) {
System.out.println("Hello World");
}
非常に気持ち悪い。そう思えるほど、当時よりは成長している。
一文字一文字にちゃんと意味があり、一文字でも欠けたら動かないという、それはさながら工場マニアが工場のソレを想うがごとく、プログラムの美しさを知った。
それからの研修は、本当に自信を打ち砕かれるほど難しいことばかりで大変だった。
IEの使い方(フラッシュが動かない=インストールしてないから等)。
Javaのインストール。
パス・ディレクトリの概念。
などなど、覚えることが多すぎて、毎日が一瞬で終わっていたと思う。
研修も終わり、同期の仲間が次々と現場に入場(出向のようなもの)していっても、僕だけとりのこされては、自習の毎日。
やっと初めての現場に入場したかと思えば、PeopleSoftというJavaでさえ無いまったく未知のプログラム言語をやらされたり。
それが、今ここでこうしてブログを書いている人間の、プログラマとしての2つ目の始まりだ。
そして31歳現在。
相変わらずプログラムの腕は上達しないが、仕事自体はそこそこ出来ていると自負している。
それこそ、プログラムの事を知らない人から見ると、「専門家」になるんだろう。
プログラムの知識や経験などは上を見ればキリがない。
キリは無いが、Scalaとの出会いをきっかけに、プログラムを金儲けの道具だけに有らず、僕はその「専門家」として、今誇りを持ってScalaの勉強に取り組もうと思う。
最後に、将来に悩む人に言いたい。
「そう思った時には既に始まっているのだよ」
2014/01/11
そういやシンタクスハイライトって
会社の技術ブログを書いてて思い出したんだけど、このブログ、シンタックスハイライト入れてたっけ?
ということで、試してみた。
<pre class="brush: java;">
public static void main(String[] args) {
System.out.println("Hello the World");
}
</pre>
出来てませんでした。
多分前に設定したと思ったんだけど、ブログのテーマを変えると初期化されちゃうっぽい?
下記サイトで必要な言語を選択してジェネレート。
way2blogging
タグをコピって、Bloggerのテンプレート編集で、<head>の前に記述。
どや!
ということで、試してみた。
<pre class="brush: java;">
public static void main(String[] args) {
System.out.println("Hello the World");
}
</pre>
出来てませんでした。
多分前に設定したと思ったんだけど、ブログのテーマを変えると初期化されちゃうっぽい?
下記サイトで必要な言語を選択してジェネレート。
way2blogging
タグをコピって、Bloggerのテンプレート編集で、<head>の前に記述。
どや!
public static void main(String[] args) {
System.out.println("Hello the World");
}
ブログのプレビューでは見れない罠w
2014/01/10
「人生は時にしてこんな物で、どうにもならない事に愚痴を言い続けるより、あ るものをありがたく受け取った方が、幸せである。」
赤い大地と僕の自転車 【日本語版】
こちら、僕が務めている会社のイケメンCFOのお知り合いの、高間さんという方のブログ。
僕自身は直接面識はないのだけれど、イケメンCFOに「割と本気で海洋学者になるのが夢だった」と話したところ、高間さんの存在を教えてもらった。その後、このブログを始められた事を聞き、実はひっそりと楽しまさせてもらっている。
そして、なんとfacebookで高間さんからメッセージを頂いてしまったのだ。
このブログは、高間さんが20年前(20歳)の携帯電話やらインターネットがない時代に、英語もろくに話せないままオーストラリアに渡り、ついにはオーストラリア大陸を自転車で1周したときの事を電子媒体に起こされているもの。
オーストラリアに渡る準備や、渡ってからすぐに事故にあってしまったことなど、20年前の自身の日記という文献をもとに事細やかに記載されていて、その臨場感あふれる文書はブログの域にとどまらず、もはや1冊の小説のような読み物になっている。
そんな中、「人生は時にしてこんな物で、どうにもならない事に愚痴を言い続けるより、あるものをありがたく受け取った方が、幸せである。」という文章にとても衝撃をうけたので紹介したかった次第。
http://cycle93oz.takeshitakama.com/2013/12/j17.html
なんというか。
19歳のときに大きな挫折をして、しばらく本当に何もできなかったのだけれども(それこそニーとのように)、その時の辛さをバネにして、同年代の人よりも少しだけ充実した生活ができているのも、この言葉が表わすように、愚痴るのではなく乗り越えるための体制をとること、受け入れることが、やはり大事なんだなあと。
そして、俺がやってきたことは、少なからず間違って居ない。
こちら、僕が務めている会社のイケメンCFOのお知り合いの、高間さんという方のブログ。
僕自身は直接面識はないのだけれど、イケメンCFOに「割と本気で海洋学者になるのが夢だった」と話したところ、高間さんの存在を教えてもらった。その後、このブログを始められた事を聞き、実はひっそりと楽しまさせてもらっている。
そして、なんとfacebookで高間さんからメッセージを頂いてしまったのだ。
このブログは、高間さんが20年前(20歳)の携帯電話やらインターネットがない時代に、英語もろくに話せないままオーストラリアに渡り、ついにはオーストラリア大陸を自転車で1周したときの事を電子媒体に起こされているもの。
オーストラリアに渡る準備や、渡ってからすぐに事故にあってしまったことなど、20年前の自身の日記という文献をもとに事細やかに記載されていて、その臨場感あふれる文書はブログの域にとどまらず、もはや1冊の小説のような読み物になっている。
そんな中、「人生は時にしてこんな物で、どうにもならない事に愚痴を言い続けるより、あるものをありがたく受け取った方が、幸せである。」という文章にとても衝撃をうけたので紹介したかった次第。
http://cycle93oz.takeshitakama.com/2013/12/j17.html
なんというか。
19歳のときに大きな挫折をして、しばらく本当に何もできなかったのだけれども(それこそニーとのように)、その時の辛さをバネにして、同年代の人よりも少しだけ充実した生活ができているのも、この言葉が表わすように、愚痴るのではなく乗り越えるための体制をとること、受け入れることが、やはり大事なんだなあと。
そして、俺がやってきたことは、少なからず間違って居ない。
そう感じた。
2013/12/30
2013
今年はまじでいろんな事が起こった。
・母親が心筋梗塞で倒れて、ペースメーカー(しかも除細動機付きという普通のペースメーカーとは違うもの)を入れ、1級障害者に。
・遂に大台の30歳に
・プロポーズ
・入籍
・結婚式準備
・7年働いた会社が分社化し、新しい会社に
・グループリーダー就任
・結婚式
・スリップノット来日、リンキンパーク来日、フォールアウトボーイ来日(つまり、大好きなアーティストトップ3をすべて1年で観てしまう)
・小さい頃、お母さんよりも好きだったおばあちゃんが亡くなる
・めっちゃ仲悪かった伯父さんと結構良い仲に仲直り
・人生初の飛行機に搭乗
・人生二度目の本州以外の土地に上陸(北海道。人生初は四国)
・大好きな水曜どうでしょう新作
・自社が恵比寿ガーデンプレイスタワーに移転
などなどなどなど
そんな事を思い出していたら、センチつったら良いのか、なんだかお酒飲みたい気分になって、大好きなレッドブルウォッカをのんじゃいました。
忘れられない一年になったなあ。
2013/12/10
セルシウスとファーレンハイト
さて、今日の妄想科学。
朝、家を出る時など、思わず「さぶっ」っと言ってしまうほどめっきり寒くなり。
ところで、この「寒い・暑い」ってなんなんだぜ?とちょっと考えてみる。
まあ、体温と気温の差が大きければ大きいほど「寒い・暑い」と感じるんだと思っているんだけど、じゃあ気温は?ってことで、また考える。
それは空気中の熱って事なんだろうけど、空気(この際酸素だのなんだのは考えない)が熱を持っているのか、空気とは別の何かが熱なのか。
さすがにこれ以上は分からないので、熱とは何か?と言うのを調べて見た。
物体を構成する分子の振動そのものらしいんだけど、この振動幅が大きければ大きいほど、温度が高い状態っぽい。ってことは、空気の分子の振動=気温になるんじゃないかと。
すると、振動していない分子=温度を持たないものとなるんだけどね、それがつまり「絶対零度」と言われるものらしい。
ちなみに、絶対零度ってのはセルシウス(℃)で言うと-273.15℃。
(でも何かのニュースで絶対零度よりも低い温度の再現に成功させたって読んだことあったような...→これだ)
まあ、僕は物理学者じゃないし、おおむねこんな感じで間違っていないでしょう。
2013/12/05
ホーンテッドサザエさん
今朝見たトンデモナイ夢なんだけど、サザエさん一家が紅葉ドライブかなんか行ってたんだよね。
その帰り道、不気味な館があって、カツオ君が「面白そうだから行ってみようよぅ姉さん〜」なんて言い出す。
普段はうだつの上がらないマスオさんも、車が運転出来るのがマスオさんだけというのを良い事にやたらと張り切っており、「よぉ〜しカツオ君!任せてよ!」とか張り切っちゃってんの。
まあ、夢はそこで覚めちゃったんですがね、その後、「陽気なお化けのドタバタホラー」ならぬ、「陽気な一家のドタバタコメディ」が、恐ろしげな(待ち時間1時間弱の)館で繰り広げられたのは、想像するに容易いね。
これが本当の、「ホラー、ホラー、みんなのー、声がする〜」ってやかましいっ
2013/11/28
新しい事を生みだすためには、間違えても良いんじゃないかと
でも、だからと言って何も行動しない事こそが「間違え」でっていう、今日はそういったよくありがちな話なんだけど、書きたいのはちょっと違うと思う。よく言われる「失敗を恐れるな」ってことじゃなくて、「行動して間違いに気づいて、さらに正しい方向に持っていく事で新しい事が生まれる」ということ。
「行動→正しい事」の場合、これはまあそのままで良い。
「行動→間違いに気づく」の場合、「間違いに気づく=正しい方向ではないと認識する」ってことで、これ自体は良い事だから、別に間違っても良いんだ。
だから、行動してみようぜって話。まあ、計画は大事だけど笑
あと、この時、「行動してから間違いに気づくまでのスパンが長い」のは、ゴール(新しい事を生みだす)に対しては一歩も進んでないどころか、正しくない方向に進んでいたり、戻っていたり、つまり致命的だから、その後のかじ取りフォローはちゃんとしないといけないけどね。
2013/11/26
夏草や レジェンドどもが 夢の跡
個人的に好きな松尾芭蕉の歌で、「夏草や、兵どもが、夢の跡」というものがあって、意味としては、「今見るとただの草っぱらだけど、ここでは昔、確かに源氏や藤原一族が覇権の為に争ったんだ。それはまるで夢の様だ。」とかなんとかっていうもの。
僕が尊敬する、有島氏のGrindHouse.jpを漁っていた時、個人的に好きなバンド2位のSlipKnoT(スリップノット)のCrownことショーン・クラハンのインタビュー記事を発見。
この記事、とても思う事があったのでブログに書いておこうと。
---
近々、新プロジェクト、BRAIN WASH LOVEの音源明らかに!
SLIPKNOTは2014年!
http://www.grindhouse.jp/interview/Clown.php
---
スリップノットは、日本へも何度か来日しているアメリカの超巨大バンド。今年の2013年5月にはオズフェスト(幕張メッセ)というフェスでも来日。この時僕は初めて彼らのライブを観たのだけれども、そのスケールのデカさといったらないと思ったね。
ショーン・クラハンはスリップノットのパーカッションで、ライブではよく、バットを持ってドラム缶をぶん殴っている人(笑)
でも、バンドのコンセプトそのものと言っても良い人なんじゃないかな。
ショーン・クラハンはスリップノットの事しか考えていない、すべてを捧げているんだそうで、ボーカルのコリィ・タイラーやドラムのジョーイ・ジョーディソンがサイドプロジェクトをする事に対しては否定的、というかめっちゃ怒ってたとか。
2013年ラウパ時に来日した時も、インタビュアー(有島さんではない)に「そのプロジェクトで何かやるのか?」って聞かれて、それは激怒したとか。そりゃそうだよね。
しかし、このインタビュアーは「個人的に、夫であり父でありCrownであるあなたの事が知りたいだけ」と説明。するとショーン・クラハン自身も大好きな絵を書いたゴッホやレンブラントの事が知りたいと思っている事を思い出した。だから、”自分の事をもっと知ってもらうためにも”、自身のソロプロジェクトを始めたんだとか。
なるほどと思いつつ、スリップノットを引っ張ってきたショーン・クラハンのソロプロジェクトにも興味があるなあなんて思ったんだよね。
そして、このブログを書いた思う事っていうのはここじゃないんだよね。
ショーン・クラハンだったり、それこそ源氏だったり藤原だったり、世に何かを残してしまうほどのすごい人でも、いずれはこの世を去るんだよね。そして、それまでの時間というのは限られているんだよね。
その限られた時間の中で、後どれだけの”モノ(例えばショーン・クラハンだったら僕が好きな音楽)”を世に残るのか。
残したとしても、実際にはただの草っぱらになってしまうのか。
そう考えると、「夏草や、兵どもが、夢の跡」って歌は本当によく出来ているなあと。
僕が尊敬する、有島氏のGrindHouse.jpを漁っていた時、個人的に好きなバンド2位のSlipKnoT(スリップノット)のCrownことショーン・クラハンのインタビュー記事を発見。
この記事、とても思う事があったのでブログに書いておこうと。
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近々、新プロジェクト、BRAIN WASH LOVEの音源明らかに!
SLIPKNOTは2014年!
http://www.grindhouse.jp/interview/Clown.php
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スリップノットは、日本へも何度か来日しているアメリカの超巨大バンド。今年の2013年5月にはオズフェスト(幕張メッセ)というフェスでも来日。この時僕は初めて彼らのライブを観たのだけれども、そのスケールのデカさといったらないと思ったね。
ショーン・クラハンはスリップノットのパーカッションで、ライブではよく、バットを持ってドラム缶をぶん殴っている人(笑)
でも、バンドのコンセプトそのものと言っても良い人なんじゃないかな。
ショーン・クラハンはスリップノットの事しか考えていない、すべてを捧げているんだそうで、ボーカルのコリィ・タイラーやドラムのジョーイ・ジョーディソンがサイドプロジェクトをする事に対しては否定的、というかめっちゃ怒ってたとか。
2013年ラウパ時に来日した時も、インタビュアー(有島さんではない)に「そのプロジェクトで何かやるのか?」って聞かれて、それは激怒したとか。そりゃそうだよね。
しかし、このインタビュアーは「個人的に、夫であり父でありCrownであるあなたの事が知りたいだけ」と説明。するとショーン・クラハン自身も大好きな絵を書いたゴッホやレンブラントの事が知りたいと思っている事を思い出した。だから、”自分の事をもっと知ってもらうためにも”、自身のソロプロジェクトを始めたんだとか。
なるほどと思いつつ、スリップノットを引っ張ってきたショーン・クラハンのソロプロジェクトにも興味があるなあなんて思ったんだよね。
そして、このブログを書いた思う事っていうのはここじゃないんだよね。
ショーン・クラハンだったり、それこそ源氏だったり藤原だったり、世に何かを残してしまうほどのすごい人でも、いずれはこの世を去るんだよね。そして、それまでの時間というのは限られているんだよね。
その限られた時間の中で、後どれだけの”モノ(例えばショーン・クラハンだったら僕が好きな音楽)”を世に残るのか。
残したとしても、実際にはただの草っぱらになってしまうのか。
そう考えると、「夏草や、兵どもが、夢の跡」って歌は本当によく出来ているなあと。
相変わらず投げっぱなしパワーボムな内容だけど、つまりそういうこと。
2013/11/22
キャット・ザ・ワイルド
やあ、俺の名前はキャット・ザ・ワイルド。
そう、君が今考えているとおり、このドアの先が"週末"、だ。
早くそこを通せって?
まあ焦るなよ。寝てたって週末は来るもんだ。
それより、こんな話知ってるか?
人間には三つのタイプが居て、数を数えられる人間と、数えられない人間、だ。
って事で、今週もお疲れ様でした。
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